Last updated: 2023/10/07

あやとりについて

あやとりとは?

一本の輪にした紐を手に掛け、指でその紐をさまざまに取って、美しい模様や、いろいろな形を作り上げます。手指・手首だけでなく、口や足指、膝、肘を使うこともあります。二人で交互に取り合う方法もあり、皆さんには、この「ふたりあやとり」の方がなじみ深いでしょう。珍しいところでは、二人の競技者が右手だけで取り合って一つの形を作り、垂れ下がった輪の位置で勝敗を決めるゲームもあります。紐を使ったトリックも一本の輪である場合は「あやとり」の仲間となります。

ふたりあやとり
ふたりあやとり

あやとりはいつ頃からあるのでしょう?

本当のところは何もわかっていません。19世紀末期に始められた調査で、オーストラリア、太平洋諸島、極北圏、南北アメリカ、アフリカの無文字社会の人々がたくさんの種類のあやとりを伝えていたことがわかりました。このことから推測して、大昔からあったのだろうと言われています。

一方、早くから有文字社会になったところでは、「あやとり」は他愛のない子どもの遊びと見なされていたのでしょうか、記録もほとんど残っていません。紀元100年頃の古代ギリシャの医学書に「あやとり」らしきものの記述があるとのことですが、その原典はまだ発見されていません。西欧では18世紀の哲学書の記述が最も古いようです (トピックス 239)。東洋では17世紀の清 (中国) の小説『聊斎志異』に「ふたりあやとり」の記述が見られます (トピックス 135)。日本では「平安時代からあった」という説が流布しています。しかし、これまでの調査で確認されている最古の文献は17世紀の俳諧書であり、それ以前の証拠資料は発見されていません (トピックス 107)。

白鳥
白鳥 — カナダ極北圏 マッケンジー地方

あやとりは子どもの遊び?

私たちの社会では「あやとり」は子どもの遊びとして受け継がれてきました。江戸時代の女の子たちが「ふたりあやとり」を楽しんでいたことは、当時の木版刷絵本や錦絵に見ることができます。「ふたりあやとり」、「はしご」、「ほうき」、「指ぬき」…、皆さんも幼い頃に一度は紐を手にしたのではないでしょうか。そのようにしてほとんどの人が「あやとり」というものを知っている (自分で作れるかどうかは別にして) のは世界的に見ても珍しいことと言えましょう。西欧社会でも子どもの遊びとして知られていますが、パターンの種類は少なく、あまり盛んではないそうです。

世界に視野を広げると、そこには単なる遊びを超えた「あやとり」の様々なあり方が見えてきます。無文字社会でのレパートリーの中心は、「一人で (あるいは数人の手を借りて) で作るあやとり」でした。150年以上前、ニュージーランドのマオリの人たちは神話・伝説を語り、あるいは歌いながら、その情景を表すあやとりを次々と作りました。極北圏では冬の長い夜の楽しみの一つとして継承されてきました。おじいさんやおばあさんが子どもたちに「あやとり」を見せながら、それに伴う唄や言い伝えを聞かせます。豊かな農耕収穫を祈願する儀式の中で成人男性や子供があやとりを演じた例 (パプア・ニューギニア) や、「癒し」の儀式の中に「あやとり」を用いた例 (昔のハワイ王国) も報告されています。

もちろん、大人・子どもの遊びとしても「あやとり」は楽しまれてきました。太平洋の赤道直下の孤島ナウルでは、およそ200年前のことですが、年2回のあやとり競技大会が開かれ、島中の人々があやとりの創作に夢中になっていたそうです (トピックス 098)。

このような世界のあやとりについての報告は、19世紀末期以降に現地を訪れた外の世界の人々 (文化人類学者、博物学者、民族音楽研究者、宣教師、旅行者、綾取り研究家…) によってなされました。収集・記録されたあやとりには、その後、現地での伝承が途絶えて消滅してしまったものも少なくありません。しかし、無文字社会と外の世界の人々の間には言葉の壁があります。異文化理解はたやすいことでありません。あやとりに伴う唄や言い伝えの多くは、残念ながら意味不明のままです。データが乏しいこともあり、口承文化の研究者の間では無文字社会における「あやとり」の存在意義についての十分な議論はされていないようです。

カワセミの群れ
カワセミの群れ — 南太平洋 ティコピア島

あやとり、そのより深い理解に向けて

ネイティブアメリカンのナバホの人々は、1999年に伝承あやとりをその言い伝えとともに、インターネット上で世界に向けて公開しました (トピックス 030)。つねに外の世界の人々から取材される立場であった人々が、自らの手で伝統文化について発信する画期的な試みです。また、アラスカ南西地方のあやとりも細々ながら現代まで伝承されています。その継承者の一人、ユッピクの若い男性 (デヴィッド・キタク・ニコライさん) は、世界各地から「アラスカ・ネイティブ・ヘリテージ・センター」(アンカレッジ) を訪れた観客の前であやとりとお話を披露しています。このような「あやとり語り部」の活動の場は今後も増えていくでしょう。 (ニコライさんのパフォーマンス動画を閲覧できます)

太平洋諸島地域では、ナウル島で「あやとり」が復活、少年少女のあやとりパフォーマンス集団が生まれています。また、あやとりの古来の姿をそのまま伝えていると言われているラパヌイ (イースター島) のあやとりは、古典芸能として祭りの場や観光客用のショーでも演じられています (トピックス 143)。

このように、世界各地の「あやとり」を伝承してきた人々自身の活動を通じて、私たちは「あやとり」の本来の姿を知ることができるようになってきたのです。

女の精霊
女の精霊 — ラパヌイ (イースター島)

あやとりの種類は?

作ることのできる形は実際上、数限りなくあります。1888年、文化人類学者のフランツ・ボアズ (Franz Boas) がイヌイットのあやとりの取り方を記述してから今日まで、「伝承あやとり」だけでも3000種類を超えています。それぞれの「あやとり」からは、それを伝承してきた社会の人々の世界観を感じ取ることもできましょう。その意味では「あやとり」は芸術のもっともシンプルな形式の一つと言えるかもしれません。

Ys 2006/09/01